『フリー <無料>からお金を生みだす新戦略』読んだ

 

 

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

 

  私は今、無料のウェブブラウザである「Google Chrome」を使いながら、無料のブログサービス「はてなブログ」でえっちらおっちら文章を綴っている。このような無料のサービス・ソフトウェアは、どのようにしてマネタイズを図っているのか?そもそも、なぜ無料で提供されるようになったのか?これからの経済は、全てがフリーに支配されるようになるのか?

 といったことについて、経済学やら心理学やらSFやらを参照しながら答えた本。著者は米『WIRED』の元編集長でこの本の他にも『ロングテール』とか『メイカーズ』とかのベストセラーを世に送り出しているChris Anderson。

 

 章の立て方が不明瞭で、この章では一体何が言いたかったのかと読んでいて分からなくなる部分もあったが、総じて面白かった。技術と経済の関わりについて明るい人なので、興味がある人は他の著作も読んでみては。

 以下、簡単なまとめ+α。

 

 

 著者によれば、ビット(ネット空間に存在する情報のことを、著者はアトム=実際の物質と対比してこう呼んでいる)は「フリーになりたがる」。論理展開を追っていくと以下のような感じ。

 

1.情報処理能力・記憶容量・通信帯域幅は、ムーアの法則に基づいて年々指数関数的にその性能を上げている。

2.そのことによって、デジタルにおける限界費用は限りなくゼロに近くなった。例えば、私がこのたかだか数KBの記事をはてなブログに上げることによってはてなが支払うことになるコストは、ほとんど無視できるレベルである。

3.競争市場においては、価格は限界費用まで下落する。*1

4.故に、ビットは必然的に無料になる。

 

 ここで、著者は「全てのビットが無料になるべきだ」と主張しているわけではない。ビットの性質上それは無料になるはずだ、それをどのように利用してマネタイズしていくかが今後あらゆるネットビジネスに求められるだろう、ということである。

 

 いやいや少し待て、オフィスソフトのデファクトスタンダードであるところのMicrosoft Officeは未だに有料じゃないか。他にも有料ソフトがトップに君臨している業界などざらにあるではないか。

 

 確かにその通りだ。だがそれは、現状それらの有料ソフトと機能的に同等なフリーソフトが存在せず、かつそれらを(違法に)複製しようとする手間が掛かり過ぎるからである。容量10メガバイトまでを無料、それ以上を有料としてきたYahooメールは、Gmailが1ギガバイトの無料容量を引っ提げて業界に殴り込みをかけてきた際に同じく容量1ギガバイトまでの無料化を余儀なくされた。音楽のコピー・違法アップロードが容易になったおかげで音楽業界が悲鳴を上げているのは周知の通りである。

 

 その上で、フリーを利用したマネタイズの戦略を4つのパターンに著者は分類する。

 

1.直接的内部相互補助

 「無料かと思わせておいて、結局は金を払わされる」というパターン。健康食品によくある「今ご電話で注文していただくと、もう一袋タダでお付けします!」というアレである。フリーの戦略としては新しいものでも何でもなく、情報技術が登場する前から存在していた。

 

2.三者間市場

 消費者・製造者の間に第三者である広告主が介入してくるパターン。テレビのCM、Webサイトのアフィリエイト等。広告主の企業が払っている広告料は、その企業の商品価格に上乗せされているため、巨視的には料金を払っているのは私達消費者である。

 

3.フリーミアム

 全体の消費者のうち数%~よくて十数%を占める有料会員に、無料会員の分まで費用を負担してもらうパターン。ユーザー一人に新たにサービスを提供するための費用、すなわち限界費用がゼロに近くなったからこそ実現できたモデルである。「会員」と「アイテム課金」との制度の違いはあれど、ソシャゲは日本で今一番流行っているフリーミアムモデルであろう。

 ちなみに著者によれば、全体のユーザー数のうち約10%が有料会員、というのが一番健全なフリーミアムのあり方らしい。有料会員の割合がそれより高い時は、無料版の機能を制限し過ぎていて「より多くの人にサービスを試してもらう」という機会を損失しているかもしれない。逆に割合がそれより低い時は、全体のコストを有料会員では賄いきれない可能性が高い。

 

4.非貨幣市場

 貨幣が一切取引されないパターン。これにはさらにいくつもの形がある。一番なじみ深いのは、ウィキペディアやブログといった贈与経済に基いて成り立っている市場だ。そこで交換されているのは貨幣ではない。この市場に参与している人は、お金を得たいというよりも「人々に自分の作ったものを見てもらいたい」とか「人脈を広げたい」とか、そういった関心のもとで行動している。

 

 とまあこういった感じで、フリーに基づいたビジネスを具体例を挙げつつ分類して考察を加えているなかなか面白い本である。実際にビジネスに活かしたい人はもちろん読むべき。未来の経済を考える上でも避けては通れない。

 

 この本、「新聞はオワコン(意訳)」みたいな結構激しいことを言っているので、出た当初はそこそこ非難されたらしい。ただ、出版から五年とちょっと経った現時点で見てみると、書かれていることは概ね正しい。

 例えば、音楽業界。

 音楽業界の必殺技の例として本の中に出てくるのが、7thアルバム「In Rainbow」をMP3販売する際、「ユーザーが好きに値段を決めて購入できる」という前代未聞の方法を取ったことで大きな成功を収めたRadiohead(もっとも、元からUKロック界の超ビッグネームであったからこそ出来たムチャな戦略だ、とも言われているが)。

 最近でいえば、U2がアルバム「Songs of Innocence」を全iTunesユーザーに無料強制配信したことも記憶に新しい。こっちの例は「アカウントハックされたっぽいんですけど!?」というような苦情が続発し、大失敗に終わったイメージがある。

 こういう特殊な例を除けば、メジャーレーベルが全曲無料配信をする、というような動きは(表向きは)ない。この前唐突に配信開始されたBjorkのニューアルバム「Vulnicura」も、もともと3月に出す予定だったものがネットに流出してしまい急遽リリースを早めたとか。「タダで聴かせてたまるか」根性を感じる。

 しかし、じゃあ著者の言ってることは音楽業界に関しては大ハズレですねえ~、とはならない。ここ数年の間に音楽業界で大きく勢力を伸ばした異端勢力についてまだ触れていないからである。その名は「Spotify」。

 Spotifyは、簡単に言ってしまえば「あらゆる音楽を合法かつタダで聴けちゃうサービス」である。ビジネスとしてはフリーミアムモデルを取っていて、例えば無料版だと何曲かに一回広告が流れたりする。大人の事情でまだ日本に上陸していないため*2日本での知名度はイマイチな感じのあるSpotifyだが、海外での市場規模は凄まじい。ちょうど今月、全アクティブ会員数6000万人、うち有料会員1500万人を達成したとか。

 この状況を、手放しで「フリーの勝利だ!」と言うことはできない。

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(クリックで画像拡大)サイズ制限に引っかかってるっぽいので、元画像をリンク先で見てね↓

How Much Do Music Artists Earn Online? | Information Is Beautifulより引用

 これは、「ミュージシャンがアメリカの最低月収を稼ごうと思ったらどのくらい音楽を売らなければならないか」を示したインフォグラフィックである。見て分かる通り、Spotifyオンリーで生計を立てていくのは不可能である。「いやそこは物販とライブで稼ぐんだよ」というのがこの本の著者の言い分だが、ここまで現状がひどいとなるとなんとも言えなくなる。

 

 じゃあそのSpotifyくんが上陸してない日本ではどうなのよ、ということであるが、個人的には「フリー」を基軸にして日本で台頭してきたのは「VOCALOID」と「アイドル」ではないかと思っている。前者は日本のカラオケランキングを、後者はオリコンを賑わす常連である。

 前者とフリーの関係はかなり自明である。VOCALOIDの主要ファン層である中高生は、音楽を聴くことに対してお金を払う、という習慣がない。*3だから無料で簡単に聴けるVOCALOID聴くよ、というオチである。

 よほどの有名Pにでもならない限り、VOCALOID音楽の作り手は赤字である。ウン万するDAWを買って、ウン万するミクさんを買って、ウン万するモニターヘッドフォン買って、場合によってはプレミアム会員になるためにドワンゴにお金を貢いで、それで初めてスタートラインに立てる、という何とも厳しい界隈。この業界は、貨幣経済よりも贈与経済に近い。

 後者に関しては、「音楽頑張って作って売ってもすぐYouTubeに流れちゃうんで、いっそライブにステータスを極振りします!」という一種の開き直りだろう。フリーを上手く活用する、というよりも寧ろアンチフリー戦略として、「会える」という体験を重視するアイドル産業が振興するのも納得がいく話である。

 

 フリー が色んな形で猛威を振るっている日本の音楽業界の今後を憂慮すると同時に、Spotifyの一刻も速い日本上陸を心から願うばかりだ。てかマジで早く来てくれ。

*1:ベルトラン競争」と呼ばれるモデル

*2:厳密に言えば、微妙に日本上陸?しつつある。

ソニーの定額制音楽配信「Music Unlimited」終了。Spotifyと協力し、「PlayStation Music」に - AV Watch

こんなふざけた方式で「日本進出しました!」とはして欲しくないのだが。頼みますよSpotifyさん。

*3:このことについてしっかりデータを取って調べた記事がどこかにあったのだが忘れた