『漂流老人ホームレス社会』読んだ

 

漂流老人ホームレス社会

漂流老人ホームレス社会

 

  漂流老人というより、どちらかといえばホームレスに主眼が置かれた本である。池袋を拠点としてホームレス支援活動を行っているNPO法人「TENOHASI」の代表であり精神科医でもある森川すいめい氏が描き出す、ホームレスの「リアル」。かなり衝撃的な本。

 

 例えばホームレスには、生活保護を受けたがらない人が多い。理由はいくつもある。息子が会社の社長なのに自分には一切の資金援助をしてくれず、それでも生活保護を受給してもらうために息子と縁を切るよりも息子と縁を保ち路上で生活することを選ぶ人。漢字の読み書きができず、それゆえ周りのホームレス仲間から聞く「生活保護を受けると集団で寝泊まりし労働させられる」という噂を盲信してしまう人。統合失調症を患っており、自分が路上でしっかり働いていると思い込んでいる人。筆者は、そんな彼ら・彼女らに無理に生活保護を受けるよう強制したりはしない。本人の生きたいような人生を提供するというのが、筆者のモットーだ。

 

 精神病を患った人々とどう向き合うかについて触れられた部分が、特に印象に残った。あるホームレスの老人は、病院に入院することとなった際、夜中に頻繁にトイレに行こうとしては転んだため夜間拘束することにしたところ、大声で喚くようになった。本人に話を聞くと、ホームレス時代は駅構内で数時間に一回警備員に起こされ、その度に移動を余儀なくされていたらしい。その際にトイレにも行っていたという習慣が入院中も残っていたということだ。また、彼は認知症を患っており、病床で夜中目覚めたときにそこを路上であると思っていることが分かった。路上で目を覚ましたはずなのに体が動かせないことに混乱し、助けを求めて大声を出していた。それらを踏まえて著者は患者のベッドからよく見えるところに「ここは病院です」という張り紙をし、すぐ近くにメガネを置いて出歩いても転ばないようにし、またトイレに行きたいときはナースコールを押すように指示するメモも置いた。彼はその晩からトイレに行くときはナースを呼ぶようになり、そのうち一人で転ばずにトイレに行けるようになり、やがて夜中にトイレに行くことすらなくなった。

 

 本書を通して、筆者はホームレスの訴えをつっぱねる地方自治体の生活保護の担当者や病院関係者を一方的に糾弾しない。彼らがそうせざるを得ないのも、そのような構造を作り上げてしまった権力者の所為である、ということだ。ベンチには柵を設けてホームレスが寝られないようにし、認知症の老人は地方のグループホームへと隔離する。マジョリティーから隔離することでマイノリティーを無菌化するという、ある種フーコー的な権力観の再現を見ているようであり、読んでいてやるせない気持ちになった。

『「象徴(シンボル)形式」としての遠近法』読んだ

 

“象徴(シンボル)形式”としての遠近法 (哲学選書)

“象徴(シンボル)形式”としての遠近法 (哲学選書)

 

 

 

“象徴(シンボル)形式”としての遠近法 (ちくま学芸文庫)

“象徴(シンボル)形式”としての遠近法 (ちくま学芸文庫)

 

  (私が読んだのは上の単行本の方です。基本的に中身はどちらも一緒だと思われる)

 タイトルにある「象徴(シンボル)形式」とはカッシーラの用語で、ここでは遠近法を精神史の象徴(シンボル)、つまり主に人間の空間認識の表れとして読み解くことを意味している。(ちなみに著者のパノフスキー、カッシーラと同時代人なので本文の注に「カッシーラ本人に聞いてみたわ」とかポンと出てくる。すげえ。)難解だが面白い本。

 遠近法は、人間の視覚を厳密に再現したものでは断じてない、ということが最初の出発点。なぜかと言えば、人間の網膜は球形だから。つまり、目に移るものの大きさ(特に目線に直交する平面に置かれた物体について)は実際の長さではなく目に対する角度に比例している。線遠近法は、いつか達成される運命にあった絶対的に正しい描画技術ではないのだ。ここらへん、文字で説明するのも面倒だし図を描くのも面倒なのでぜひ自分の目でこの本を読んで確かめてほしい。

 この認識から出発して、古代〜近代の空間観を辿っていくのが本書。正直プラトン/アリストテレスの空間についての哲学は全く知らないのでそのあたりの記述はスルーしたのだが、例えば「古代においては物体が傑出しており、物体と物体の間にある何も無い空間は後退している」だとか「遠近法は、目に見える風景を数学的法則性のもとにおいて表すという点においては客観的であるが、同時に視点(消失点)を自由に設定することで厳密に表された空間を丸ごと主観に回収してしまう」だとかいった記述にはハッとさせられる。

 

 一つ注意しておくと、この本(元は論文)は大変読みにくい。注の分量が本文の二倍以上あるのがその主な理由だ。常に前と後ろを行き来するとともに注で引用される絵画をもいちいち参照するくらいの意気込みで読まないと完全な理解は無理だろう。現に私は注の半分も理解できたかどうか疑わしい。

『ビデオカメラでいこう』読んだ

 

ビデオカメラでいこう

ビデオカメラでいこう

 

  ドキュメンタリー制作指南本。初歩の初歩、カメラの選び方といったレベルから書き起こしているので入門用には良い。だが、ただでさえ薄い本なのにそのようなところから記述を始めているせいで、技術的な部分に関する記述は必要最小限となっている。特に、撮ってきた映像をどのように構成して作品を作るか、という部分がほとんど抜け落ちているのが痛い。

 この一冊を読めば映像を撮るところまではできるようになる。撮ってきた映像をどう構成するかについては他の本をあたろう。その部分について私は今まさに別の本↓

 

ドキュメンタリー・ストーリーテリング―「クリエイティブ・ノンフィクション」の作り方【日本特別編集版】

ドキュメンタリー・ストーリーテリング―「クリエイティブ・ノンフィクション」の作り方【日本特別編集版】

  • 作者: シーラ・カーラン・バーナード,今村研一,島内哲朗
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2014/11/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 を参照しているので、こっちも読み終わったら軽く感想を書く。

『映画表現の教科書』読んだ

 

映画表現の教科書  ─名シーンに学ぶ決定的テクニック100

映画表現の教科書 ─名シーンに学ぶ決定的テクニック100

  • 作者: ジェニファー・ヴァン・シル,吉田俊太郎
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2012/06/23
  • メディア: 単行本
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  洋画の様々な名シーンを取り上げながら、セリフ・ナレーションを出来る限り使わずに映像のみで語る技法を整理した本。著者としては脚本家向けに書いたものらしいが、単なる映画・映像好きが読んでも面白い。

 理論書というよりはハウ・ツー本に近い構成になっているが、広角/望遠レンズの使い分けについて整理している部分は多分に実用的。

 

 画を読み解くのが好きな人にはそこそこおすすめ。類書(?)だとガンダムの富野監督が記した

 

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

 

 が有名。こっちはより基礎的な理論に話が割かれているらしい。こっちはまた今度読む。

『Cybersecurity and Cyberwar: What Everyone Needs to Know』読んだ

 

Cybersecurity and Cyberwar: What Everyone Needs to Know

Cybersecurity and Cyberwar: What Everyone Needs to Know

 

  アメリカの国際政治学者であり戦争関連の著作に定評があるP.W.Singer氏、並びにAllan Friedman氏(こっちの人のことはあまり存じ上げない)の共著。タイトルの通り、サイバー戦争について論じている。

 P.W.Singer氏は現代の戦争をリアルに描き出し、かつ読みやすく面白い本を書くことで一部界隈では有名人なのだが、この本もその期待を裏切らない。現代・未来においてサイバー空間における戦闘はどのようなものになるのか。そこでは、しばしばSF作品で夢想されるような「少数の天才ハッカーが覇権を握る世界」が訪れるのか。サイバーテロを防ぐために企業・政府はどうすべきなのか。そして、我々が自分の身を守るためにするべきことは何か。これらの疑問に懇切丁寧に答えてくれるのがこの本だ(比喩ではなく、本当にQ&A形式で書かれている)。予備知識は必要ない。

 今後、IoT(Internet of Things)が加速する中で、サイバーテロによるリスクはますます増加すると考えられている。ハッキング可能になるものはPCやスマホだけではない。少し前にはウォシュレットがハッキング可能であり遠隔操作で水の強さを変更可能であるという深刻な脆弱性()が報じられた。

Lixil(INAX)Bluetoothトイレは、ハッキング可能 « アメリカより

 

ウォシュレットならまだかわいいものだが、今一番アツい(?)ハッキング対象は車だ。

wired.jp


Digital Carjackers Show Off New Attacks - YouTube

上の動画は有線だが、無線での攻撃も可能(らしい)。それを説明したのが以下。

www.youtube.com

http://static.usenix.org/events/sec11/tech/full_papers/Checkoway.pdf

 この論文によれば、車に搭載されたテレマティクスユニット(ネット接続されたカーナビのようなもの)に文字通り「電話をかける」ことで車をハッキングすることができるらしい。現代のテレマティクスユニットは、管理センターとのやりとりに携帯電話の通話用の無線規格を使用している部分があり、そこでは音声の周波数をもとにデータを送受信している(企業のお客様センターに電話するとよくある「○○の方は1のボタンを、それ以外の方は2のボタンを押してください」と似たような仕組みだ)。通話データを受信するプロトコル自体は1024bitまでのデータを受け取れるが、それを車に対する命令として解釈するプロトコルは最大1000bitまでのデータしか想定していないため、適切な音声データを送ることでバッファオーバーフローを起こすことができる。通信の認証システムを突破するために平均128回電話をかけなければいけないようだが、それでも車に「電話をかけ」、用意したMP3データを聴かせるだけで地球上どこからでも車をハッキングできるというのは、かなりビビる話だ。

 

 話がだいぶ逸れたが、サイバーセキュリティが今後ますます重要な領域になってくるということはご理解いただけたと思う。未来の戦争だけでなく、未来の社会を考えていく上でもサイバーセキュリティについて知っておくことは肝要だ。オススメの本。

 

P.W.Singerとミリオタと私

 以下余談。ヨルムンガンドというアニメをご存知ですか。

www.jormungand.tv

 ドンパチアニメの名作「BLACK LAGOON」とよく対比される作品だが、戦闘に関するリアリティーの水準はヨルムンガンドの方が上。オチが残念なので私の中では佳作止まりだが、ミリオタの沼へと私を誘いかけた作品である。

 この作品のプロットは、「私兵を持つ武器商人ココ・ヘクマティアルと、新たに私兵として入社(?)した少年兵のヨナ、それと愉快な私兵たちとが色々する」といった感じなのだが、民間のアクターが戦争においてどのように動いているのかという部分ではP.W.Singerの

 

戦争請負会社

戦争請負会社

 

 の影響を多分に受けていそうだし、主人公が少年兵ということはもちろんP.W.Singerの

 

子ども兵の戦争

子ども兵の戦争

 

 は外せないし、物語の要所で大きな役割を演じるUAV(無人航空機)についてならP.W.S(ryの

 

ロボット兵士の戦争

ロボット兵士の戦争

 

 が必読書だし。って、元ネタほとんどP.W.Singerやないか~い!

 というわけで、ミリタリークラスタとP.W.Singerは密接に結びついている。というか、P.W.Singer氏はミリオタだ。まず間違いない。ミリオタになりたいならまずP.W.Singerを読もう。なりたくなくても読もう。単純に読み物として面白いから。

 そして、P.W.Singer氏はミリオタを拗らせたのか(失礼)ついに創作の分野に手を出す。なんと、最新作は未来の戦争、すなわち第三次世界大戦についての小説だ。

 

Ghost Fleet: A Novel of the Next World War

Ghost Fleet: A Novel of the Next World War

 

  小説家(であってるよね)August Coleとの共著。控えめに言ってメチャクチャ面白そうなので今度読む。

『オンラインジャッジではじめるC/C++プログラミング入門』読んだ

 

オンラインジャッジではじめるC/C++プログラミング入門

オンラインジャッジではじめるC/C++プログラミング入門

 

  Cの復習とC++の学習用に読んだ。

 結論から言えば、C/C++の初学者向けの本ではない。ポインタの説明は「初学者相手にこれで大丈夫か」というレベルのあっさりさで、おまけにこの本を読んで使えるようになるのはcstdio/iostream/cstringくらい。マトモなGUI一つ作れない。素直に他の本を買うべし。

 もっとも、「オンラインジャッジやりたい」とか「プログラミングコンテストガチ勢を目指したい」とかいった狭い需要にはこれ以上ないほど適した本でもある。そのあたりはあなたがプログラミングでやりたいことを勘案して決めよう。

『映像作家100人 2014』読んだ

 

映像作家100人 2014 -JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2014 (DVD-ROM付)

映像作家100人 2014 -JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2014 (DVD-ROM付)

 

  短編映画やモーショングラフィックス、アニメーションなどを制作している作家を100人紹介している書籍。それ以上でもそれ以下でもない。

 付属DVDには100人のうち50人ほどのポートフォリオ映像が入っている。全員分入ってはいないので注意。

 各作家が使用しているソフトウェアについての記載があるのは地味にありがたいかもしれない。

 

 読んでいて気付いたのだが、最近のアニメのOP/ED映像は映像作家に外注しているケースがそこそこあるようだ。例えば以下。


神様のいうとおり / 四畳半神話体系 ED - YouTube

 

 言われてみれば、確かにアニメ製作会社には作れなさそうな映像。